大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)214号 判決

上告人

大日本印刷株式会社

右代表者代表取締役

北島義俊

右訴訟代理人弁護士

安江邦治

濱田俊郎

被上告人

公正取引委員会

右代表者委員長

根來泰周

右指定代理人

粕渕功

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安江邦治、同濱田俊郎の上告理由第一点及び第二点の一について

本件カルテル行為について、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被告事件において上告人に対する罰金刑が確定し、かつ、国から上告人に対し不当利得の返還を求める民事訴訟が提起されている場合において、本件カルテル行為を理由に上告人に対し同法七条の二第一項の規定に基づき課徴金の納付を命ずることが、憲法三九条、二九条、三一条に違反しないことは、最高裁昭和二九年(オ)第二三六号同三三年四月三〇日大法廷判決・民集一二巻六号九三八頁の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

同第二点の三及び四について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、実行期間において引き渡した商品の対価の額を合計する方法ではなく実行期間において締結した契約により定められた対価の額を合計する方法により課徴金の計算の基礎となる売上額を算定し、かつ、その際に消費税相当額を控除しなかったことが違法ではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官尾崎行信 裁判官金谷利廣)

上告代理人安江邦治、同濱田俊郎の上告理由

第一点 原判決には、次のとおり憲法の解釈を誤った違法がある。

一 憲法三九条、憲法三一条、憲法二九条の違反について

本件は、一つの行為が独占禁止法三条後段の不当な取引制限の禁止に違反するとして、同法九五条に基づき事業者たる上告人(原告)に対して刑事罰が科され、かつ、不当利得返還請求訴訟が提起される一方において、同一の違反行為に対して、さらに課徴金が賦課された事案である。

しかし、本件のように、刑事罰が科され、不当利得返還請求がなされている場合に、さらに課徴金が課されることになれば右課徴金の賦課は、その実体が変質し、明らかに、二重処罰を禁止する憲法三九条に違反するとともに、実質的に法の適正手続を保障する憲法三一条および財産権を保障する憲法二九条の趣旨にもとることとなる。

二 原判決の判断

原判決は、憲法三九条違反の有無について、第四「当裁判所の判断」一の2において、課徴金制度の趣旨・目的を述べ、さらに、刑事訴訟手続によって科せられる刑事罰と一般論的・形式論的に比較した上で、刑事罰としての罰金を科すほか、課徴金の納付を命ずるとしても、それが二重処罰を禁止する憲法三九条に違反することになるものではないとし、さらに同一の3において、本件のように刑事罰が確定しているほか、国が本件カルテル行為を理由に、不当利得返還請求訴訟を提起して、係属中であるという具体的状況下において課徴金を課すことの違憲性の有無については、「そもそも、国の提起した右の不当利得返還請求訴訟は、未だ第一審裁判所においてなお審理中であり、原告らは、同訴訟において、本件シール納入契約が無効である旨の国の主張を争い(弁論の全趣旨)、応訴しているのであって、現段階では、客観的には、国が主張している原告らに対する不当利得返還請求権の存否ないしその範囲自体が全く未確定の状態にあるというほかない」、「そうであるとすれば、本件カルテル行為についての罰金刑と不当利得返還請求及び課徴金による経済的不利益の三者併科の違憲性を問題にする原告らの右主張自体、あくまで将来の可能性を想定した立論にすぎないのであって、本件課徴金の賦課が憲法三九条の規定に反するか否かの判断に当たって考慮すべき問題状況は、前示2の、刑事罰に加え課徴金を賦課することが憲法三九条の規定に反するか否かの判断におけるそれと、基本的には異ならないものといわざるを得ない。すなわち、原告らが指摘するような将来の可能性があるからといって、現在の時点において賦課される本件課徴金が、前示2にみたような行政上の措置として本来の性質を逸脱した、懲罰的制裁にほかならない実質のものとみることは到底できないのであり、したがって、本件課徴金の賦課が憲法三九条の規定に抵触するということができないことは明らかである」として、上告人(原告)の主張を排斥した。

また、原判決は、憲法三一条、憲法二九条違反の有無については、第四「当裁判所の判断」一の5において、「独占禁止法が課徴金によって剥奪しようとする不当な経済的利得とは」、①「あくまでカルテルが行われた結果、その経済的効果によってカルテルに参加した事業者に帰属する不当な利得を指すものであり、」、②「しかも、同法は、現実には、法政策的観点から、あるいは法技術的制約等を考慮し、具体的カルテル行為による現実の経済的利得そのものとは一応切り離し、一律かつ画一的に算定する売上額に一定の比率を乗ずる方法により算出された金額を、いわば観念的に、右の剥奪すべき経済的利得と擬制しているのである。」とし、また「民法上の不当利得に関する制度は、正当な法律上の理由がないのに経済的利益を得て、これによって他人に損失を及ぼした者に対し、公平の理念に基づいて、その利得の返還を命ずる制度であり、この場合、返還を命ぜられる利得の額は、損失の範囲に限られる。」として両者の利得の内容・範囲に相違があるかの如く述べた後に、さらに、両制度が趣旨・目的、法律要件と効果を異にするものであるから、「不当利得制度の下において返還を求められている利得の具体的な内容が、賦課される課徴金と同一の性質のものとして、重複する関係に立つとみるべきか否かは、これを一般的、抽象的に論ずることはできず、個別的、具体的な検討を加えたうえ、判断することを要するものというべきである。」とした上で、さらに、課徴金については、カルテル参加事業者に対し納付を命ずるか否かにつき裁量判断を行う余地がないこと、および情状に応じて課徴金の額を定める裁量の余地がないことを挙げて、本件課徴金と国が上告人(原告)らに求めている不当利得金とが実質的に重複する関係にあり、二重の経済的不利益を課される結果とならないように両者の調整を要するものとはいえないとし、本件課徴金の納付を命じる審決が財産権を保障する憲法二九条及び法の適正手続を保障する憲法三一条の規定の趣旨にもとるものとはいえないとして、上告人(原告)の主張を排斥した。

三 原判決における憲法解釈の誤り

1 刑事罰と課徴金の賦課

原判決は、前記のとおり課徴金と刑事罰とはその趣旨・目的、性質等を異にするものであるから、本件カルテル行為に関して、上告人(原告)らに対して刑事罰と課徴金の併科をしても、憲法三九条には違反しないとする。これは、業務用ストレッチフィルム事件についての東京高裁平成五年五月二一日判決と軌を一にするものであろう。しかし、刑事罰と課徴金の併科の合憲性の判断においては、以下の事実について十分な注意が払われなくてはならない。すなわち、

① 我国の独占禁止法違反の行為に対する制裁制度が第二次世界大戦後の混乱期にカルテル違反行為に対し刑事罰と損害賠償で臨む米国型の制度を継受しながら、その機能が十分でなかったために、更にその後石油危機を発端とする独占禁止法強化の機運の高まりを受けて昭和五二年に行政的制裁金制度と損害賠償で臨むドイツ型の制度を参考にしながら、後記②および③において述べる経緯から「制裁ではない行政措置」として課徴金制度が導入された。しかし、我国の独占禁止法違反行為に対する課徴金導入後の制裁制度は、比較法的にも国際的基準に照らしても特異なものであり(審第一号証松下満雄作成の「意見書」二頁参照)、恰かも、何らの調整規定を設けずに、米国において現行制度に加えて「不当な利得を剥奪する」課徴金制度を新たに導入し、あるいはドイツにおいて新たに刑事罰を加えるようなもので、仮に、このようなことが起これば両国においては公正・公平を旨とする近代的法治国家として共に違憲とされることが容易に予想されるところである。因みに、わが国の独占禁止法に相当するドイツの「競争制限禁止法」三七条bにおいては、超過利得の剥奪と民事損害賠償の関係につき、民事賠償請求により実質的に超過利得の剥奪がなされている限りにおいては、別途超過利得の剥奪を命じることはできない等の調整規定がおかれており、また、同条を導入する際の立法理由書には、損害賠償が認められると期待される場合、カルテル庁は、損害賠償請求訴訟が確定するまで、超過利得の剥奪命令を出すのを差し控えるのが適当であるとされており、法治国家として当然ともいうべき配慮がなされているのである(甲第一号証 京藤哲久作成の一九九七年一月二九日「意見書」一〇頁参照)。

② 刑事罰と課徴金の併科あるいは課徴金と損害賠償(不当利得返還)の競合については、立法段階から憲法三九条違反等の問題が懸念されたところであるが、十分な検討、合理的措置が講じられないままに導入されたものである。すなわち、法務省は、昭和四九年一〇月三〇日付「独占禁止法改正試案について」2課徴金において、「(1)もし違反企業に対する制裁の制度であるならば、その違反行為には罰金規定が設けられていることとの関連で問題がある。(2)もし企業の違反による利得を剥奪するものとして考えられているのであるならば、そのような利得は本来消費者に返還されるべきものであり、そのための制度として現行独禁法には企業の被害者に対する損害賠償の規定(第二五条)が設けられている。このような損害賠償制度の他に、更に課徴金の制度を設けることは問題があり、慎重に取り扱うべきものであると考える」との意見を提出したが(審第五号証参照)、昭和五二年の改正に際してはわずかに課徴金の算出についての裁量的部分を削除する等の修正がなされたのみであり、衆議院商工委員会の付帯決議においても、「納付された課徴金については、消費者等に還元する方法について検討すること」との要望がなされるにとどまった(なお、原審において上告人(原告)のこの指摘に対して被上告人(被告)は十分な反論をなさず、原判決も沈黙を守った儘である。)。しかし、現時点においても執行力の強化の中でなおその懸念は極めて大きいのである(審第四号証 臼井滋夫「行政罰則とその手続をめぐる若干の問題」福田=大塚古稀祝賀『刑事法学の総合的検討』(上)五〇六頁参照)。

③ 被上告人(被告)は、長年にわたる公権的解釈において、課徴金制度について、「カルテル行為による不当な経済的利得をカルテルに参加した事業者から剥奪することによって、社会的公正を確保するとともに、違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するための行政上の措置」であると述べ、「制裁」という用語を極めて注意深く避けてきた。

④ 業務用ストレッチフィルム事件に関する前記東京高裁平成五年五月二一日判決は、あくまでも刑事罰と課徴金の併科の事案に関するものであって、本件のような刑事罰、不当利得返還請求、課徴金の併科(鼎科)に関する違憲性が問題とされる事案にまでその射程は及ばない。すなわち、課徴金はカルテルによる、いわば「やり得」を是正するものであり、それは原状回復的措置であって懲罰的制裁とはならないから、課徴金とは別個に刑事罰を科すことは二重処罰の禁止に触れるものではないという趣旨・限度において合理性を有するに過ぎず(審第八号証西田典之「業務用ストレッチフィルム価格カルテル事件」公正取引五一六号四六頁参照)、課徴金の性質が「やり得の是正」あるいは「不当な利得の剥奪」から実質的に懲罰的制裁の色彩を帯びるように変わってしまう場合には違憲性が問題とされねばならないと考える方が合理性を有している(審第二号証京藤哲久作成の一九九四年一〇月一五日付「意見書」一〇頁以下参照)。

2 刑事罰、不当利得返還請求、課徴金の併科(鼎科)の違憲性

刑事罰と課徴金の併科の問題についてさえ、前述のとおり、立法当初及び現在において重大な憲法問題が提起され、しかも、右問題につき未だに立法的解決がはかられていない状況下において、本件のように刑事罰、不当利得返還請求、課徴金の併科(鼎科)の事態が現実化し、違憲の問題が顕在化する場合には、独占禁止法七条の二、施行令五条、六条等の実定法の解釈・運用を通じて可及的に課徴金制度が違憲とならないような最大限の努力が求められている筈である。

しかるに、原判決は後記のとおり独占禁止法七条の二、施行令五条、六条等の解釈を通して問題の合理的解決をはかる途を放擲したばかりか、上告人(原告)が不当利得返還請求訴訟に応訴していることをとらえて、前述のとおり、「原告らの右主張自体、あくまで将来の可能性を想定した立論にすぎないのであって、本件課徴金の賦課が憲法三九条の規定に反するか否かの判断に当たって考慮すべき問題状況は、前示2の、刑事罰に加えて課徴金を賦課することが憲法三九条の規定に反するか否かの判断におけるそれと、基本的には異ならない」などと形式論理を駆使することによって、本件課徴金の賦課によって生ずる憲法問題の判断を先送りした。確かに、上告人(原告)は国(社会保険庁)の不当利得返還請求訴訟に応訴している。しかし、本件において、課徴金の賦課が憲法三九条の規定に反するか否かの判断に当たって、「刑事罰に加えて課徴金を賦課することが憲法三九条の規定に反するか否かの判断におけるそれと、基本的には異ならない」などという原判決の問題認識には問題があり、かつ原判決の認定は失当である。

本件の状況は、刑事罰が既に確定し、不当利得返還請求訴訟が現実に提起され、当該訴訟において上告人(原告)敗訴の可能性ないし危険性も現に、存在しているのであるから、このような場合に、課徴金を賦課することは、課徴金制度の本来的目的を離れて懲罰的制裁となる(ならざるを得ない)危険が存することは極めて明らかであって、原判決のいうように、刑事罰と課徴金の併科のみを論ずればよい場合とは基本的に問題状況が異なるのである。

また、原判決は、恰かも上告人(原告)が右不当利得返還請求に応じるか、あるいは右訴訟において敗訴が確定した後でないと、課徴金賦課の違憲性の有無を判断してはならないかの如く述べているが、原判決の右判断は明らかに失当である。原判決の論旨に従えば、刑事罰の確定に加えて、カルテル行為による「不当な利得」が課徴金名下で剥奪され、さらに、事後の不当利得返還請求訴訟の判決によってカルテル行為による「不当利得」の返還が強制される危険が存在したとしても、憲法判断は一切行う必要がないか、あるいは行ってはならないということになる。また、原判決のような解釈に従った場合、本件訴訟において憲法判断が回避され上告人(原告)の主張が斥けられる一方において、仮に不当利得返還請求訴訟において上告人の敗訴が確定したときには二重処罰禁止違反等の問題は司法によって判断される機会を失うこととなる。

国が刑事罰、不当な経済的利得として剥奪する課徴金、損害賠償金および不当利得制度間の整合性をはかる合理的な制度の未整備の中で、上告人(原告)を右のような危険および不利益に現実的に晒すこと自体が正に憲法三九条に違反するとともに法の適正手続を保障する憲法三一条および財産権を保障する憲法二九条の規定の趣旨にもとることとなるというべきであり、原判決にはこの点において憲法の解釈を誤った違法及び理由齟齬・理由不備の違法があるといわざるを得ない。

四 なお、念のため付言すれば、上告人(原告)は、カルテル行為を是認しているわけではないのは勿論のこと、課徴金を定めた法令自体を直ちに違憲であると主張しているわけではない。民事上の請求により不当な利得が剥奪され、又は剥奪される危険があるならば、課徴金により不当な利得を更に剥奪することは、公正・公平の観点からみて不当であり、後記第二点において述べるように不当利得返還請求訴訟の確定まで審判手続等を停止する等の課徴金制度の運用や独占禁止法七条の二、施行令五条、六条の解釈を通じ、可及的に適用違憲とならないような解決の途を採るべきであると主張しているのである。ドイツの「競争制限禁止法」が、前示のとおり超過利得の剥奪と民事賠償の調整規定をおいていることは法治国家におけるこの種の問題解決のあり方を示唆している。これに反し、あえて、刑罰と民事上の請求に加えて課徴金を賦課する場合には、呼称や形式的制度論の如何にかかわらず、課徴金は、もはや「不当な利益の剥奪」という意味を持ち得ず、実質的には懲罰的制裁・刑罰に該当することとなり、憲法三九条に違反することになる。また、上告人(原告)が民事上の不当利得返還請求訴訟に応訴して、同訴訟が進行中である点をとらえて、課徴金と刑罰の併科の場合と問題状況は変らないなどとして、三者鼎立の場合の危険の判断を放棄し、現在及び将来の危険を一人上告人(原告)の負担とすることは、不正義であるとさえいえるのである。

なお、前述のとおり、原判決は、課徴金によって剥奪しようとする不当な経済的利得につき、①「カルテルが行われた結果、その経済的効果によってカルテルに参加した事業者に帰属する不当な利得を指す」とした上で、②「現実には、法政策的観点から、あるいは法技術的制約等を考慮し、具体的なカルテル行為による現実の経済的利得そのものとは一応切り離し、一律かつ画一的に算定する売上額に一定の比率を乗ずる方法により算出された金額を、いわば観念的に、右の剥奪すべき経済的利得と擬制しているのである。」とする。

そこで、右①の「不当な利得」を原判決の論旨に沿って言い換えてみると、右利得は「もし、カルテルが行なわれなければ、得られなかったであろう経済的利得」ということになり、「正義・公平の観念に基づき帰属すべきでない利得」(「判例コンメンタール」⑤民法Ⅲ増補版一四一頁 谷口知平参照)ということになる。したがって、原判決が認定している「課徴金によって剥奪しようとする不当な経済的利得」とは、正に、民法七〇三条の規定する不当利得に他ならない。

しかして、前記②の意味するところは、右不当利得につき、課徴金として、その金額を剥奪するか、あるいは一定の方法で算出された金額のみを剥奪するか、換言すれば、不当利得返還請求訴訟における不当利得金と課徴金の金額が一致するか否かの問題に帰着するものであって、課徴金本来の性質を変質させるものではない。

したがって、原判決の論旨に従ったとしても、課徴金の納付と不当利得返還とを同時に要求した場合には少なくとも一部において二重請求の事態が発生することは間違いないのである。

第二点 原判決には、次のとおり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

一 独占禁止法の七条の二・四八条の二の解釈・運用の誤り(不当利得返還請求額の課徴金からの控除)

独占禁止法における課徴金制度は、前記第一点の三の1において述べたとおり、カルテルによるいわゆる「やり得」を是正し、カルテルによる不当な経済的利得をカルテルに参加した事業者から剥奪しようとする制度である。そして、原判決も認めているように、技術的・政策的理由から売上額に一定の料率を乗じて算出される金額をもって、擬制的に「不当な利得」とし、課徴金として徴収するというものである。しかし、右のような技術的・政策的理由による擬制はあったとしても、あくまでも「不当な利得」の存在はなければならず、「不当な利得」の無いところには課徴金の賦課はあり得ない。本件においては課徴金の額に比して返還を求められている不当利得の額の方が大であり、仮に、不当利得返還が認められた場合には、課徴金の賦課によって剥奪すべき不当な利得は上告人には残らないことになる。「もし企業の違反による利得を剥奪するものとして考えられているのであるならば、(そのような利得は本来消費者に返還されるべきものであり)、そのための制度として現行独禁法には企業の被害者に対する損害賠償の規定(第二五条)が設けられている。このような損害賠償制度の他に、更に課徴金の制度を設けることは問題があり、慎重に取り扱うべきものであると考える」との前示法務省意見(審第五号証参照)の懸念が正に現実化するところとなるのである。しかも、前記第一点において指摘したとおり、本件のように立法上の欠陥から課徴金の賦課が憲法三九条、三一条、二九条に違反ないしもとることとなるような場合には、独占禁止法七条の二、四八条の二の適用はないとし、又は不当利得返還請求相当額を課徴金から控除すると解すべきであり、しからざるとしても、民事訴訟の終結まで課徴金徴収の審判手続を停止する等の運用を行い、民事訴訟の帰趨を見てなお不当な利得が残存している場合にのみ課徴金を課すという解釈・運用を行うべきである(審第一号証、審第二号証参照)。

なお、原判決は「独占禁止法は、被告に対し、カルテル行為の実行期間の終了した日から原則として三年を経過する前に、右のようにして算出された課徴金の納付を命ずることを義務付けている」ことをもって、課徴金と不当利得金との間には相違があり、両者間の調整が運用上不可能であるかの如く述べているが、原判決は独占禁止法四八条の二第一項を失念しているようである。すなわち、右同項の規定によれば、審判手続が開始された場合には、審判手続が終了した後でなければ、課徴金の納付を命ずることができないとし、また、同法は、審判手続について期間の限定を行っていない以上、審判手続の一時停止は解釈論としても許される筈である。

しかるに、原判決は、一方で、第四「当裁判所の判断」の4において「課徴金の経済的効果にかんがみると、民法上の不当利得に関する制度と類似する機能を有する面が認められることは否定できない」としながら、課徴金と不当利得の制度比較を形式的に行った上で、不当利得に関する制度は、「課徴金制度とはその趣旨・目的を異にするものであり、両者がその法律要件と効果を異にするものであることはいうまでもないから、実質的観点からも、不当利得制度の下において返還を求められている利得の具体的な内容が、賦課される課徴金と同一の性質のものとして、重複する関係に立つとみるべきか否かは、これを一般的、抽象的に論ずることはできず、個別的、具体的な検討を加えたうえ、判断することを要するものというべきである」とし、更に、課徴金の納付を命ずるか否か及び課徴金の額の決定につき被上告人(被告)に裁量の余地がないことをあげ、「本件においても、当然には、本件課徴金と国が原告らに対し返還を求めている不当利得金とが実質的に重複する関係にあり、原告らが同一の事実関係を原因として二重の経済的不利益を課される結果とならないように両者の調整を要するものとはいえないことは明らかである」などとして、上告人(原告)の主張を排斥した。

しかしながら、原判決は、一方で不当利得制度と課徴金制度の類似性や実質的観点からの両制度の個別的・具体的検討の必要性を云々しながら、何らの個別的・具体的検証をすることもせず、他方では、両制度の趣旨・目的の比較や課徴金制度に裁量の余地がないという形式的事実にとらわれ、結局は両制度の調整を考慮した措置をとる余地がないことは明らかであると断定しているが、前示の課徴金制度の導入の経緯、とりわけ課徴金がまさにカルテル行為による「不当な経済的利得」の徴収を制度目的の根幹に置いていること、そのことの故に法務当局でさえ疑問を投げかけた事実、米国やドイツと比した場合の制度的欠陥の存在、解釈運用による調整の必要性等にかんがみれば、実質的観点からはむしろ両制度の実質的競合が認められることは明らかであり、重なり合う部分(額)において調整をはかるべきであると解するのが合理的な解釈態度というべきである。

原判決には右に述べたとおり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

二 独占禁止法七条の二、施行令五条、六条の解釈・適用の誤り(「売上額」の不存在)

本件においては、仮に、国(社会保険庁)が不当利得返還請求訴訟において主張するように国と上告人(原告)との本件シール納入契約が無効であるとすれば、上告人(原告)には本件シールの売上額は存在せず、したがって課徴金も存在しないということになるのであるから、課徴金の賦課は論理的にできない筈である。にもかかわらず、課徴金の納付を命じた本件審決は独占禁止法七条の二第一項の要件を欠いた違法があるというべきである。

また、国が一方では、本件カルテル行為を理由として本件シール納入契約の無効を主張し、他方では、本件シール納入契約の有効を前提として課徴金を賦課するというのは明らかに自己矛盾であり、禁反言の法則にもとることには何ら疑問の余地はない。

しかるに、原判決は、独占禁止法七条の二が課徴金の額の算出方法につき、政令で定める方法により算定した「売上額」に一定の比率を乗じて算出された額を課徴金として賦課する旨を定め、それを受けて、施行令五条がいわゆる「引渡基準」に基づき算定された「売上額」から控除される場合として、①実行期間において商品の量目不足、品質不良等の事由により対価の額の全部又は一部の控除があった場合における、控除した額、②実行期間において商品の返品があった場合における、返品された商品の対価の額、③商品の引き渡し等の相手方に対し引渡し等の実績に応じて割戻金を支払うべき旨が書面によって明らかな契約があった場合における、実行期間におけるその実績について当該契約の定めるところにより算定した割戻金の額、の三つを限定的に掲げていること、施行令六条がいわゆる「契約基準」に基づき算定された「売上額」から控除される場合として、施行令五条三号(前示③)を準用していること等を挙示し、「課徴金制度が有効に機能するように、法政策的観点から、あるいは法技術的制約等を考慮し、個々のカルテル行為による具体的な経済的不当利得の把握という観点を一応捨象して、明確かつ画一的な内容の「売上額」の算定基準を定め、これに一律に一定の比率を乗ずる方法により算出された金額をもって、剥奪すべき不当な経済的利得と擬制し、この金額を課徴金として納付を命ずることにより、行政上の措置に求められる迅速性及び合理性を確保しようとしたものと解させれる」とし、また、施行令五条、六条の規定する「売上額」の算定方法は、カルテル行為の実行期間中の事業活動の結果を反映させる内容のものになっており、かつ、企業会計処理の基準に準拠し、企業会計原則にいう実現主義の原則を表現したものであり、これらの関係規定の定める「売上額」の算定方法に照らせば、「売上額」から控除されるのは、「控除、返品、割戻に限定し、かつ、それらはカルテル行為の実行期間中にされたものであることを要するとしているのは明らかである」としたうえで、「本件においては、本件カルテルの実行期間中に、国の無効の主張に関連した本件シール納入契約により定められた対価の額の控除も、返品もされていないのであるから、本件シール納入契約が無効である旨の国の主張は、本件シールの「売上額」の算定に何らの影響を及ぼすものでない」という。

また、前示の禁反言の主張に対しては、「本件課徴金の額は、本件シール納入契約の有効、無効のいかんとは直接かかわりなく、独占禁止法七条の二、施行令五条、六条の規定に基づいて算出されたもの」であるとして上告人(原告)の主張を斥けた。

しかし、施行令六条の契約基準の算定の場合、カルテル実行期間後に契約が解除されたり契約額が変更されたりしたときに売上額の算定上は考慮されないと解されているのは、実行期間後の契約の解除や変更を考慮するといつまで経っても課徴金額が確定できないし、また再契約を前提とした意図的な契約解除も想定されるからであり(例えば、注解経済法【上巻】三五八頁参照)、当初から無効な場合にはそのような懸念はないし、また、同条は契約無効の場合を排斥するものではない。施行令五条においても、この理は同様である。けだし、同条は有効な契約の存在を前提としたうえで「売上額」からの控除要因を一定の控除、返品、割戻に限定していると解すべきであるところ、本件では、国自身が右納入契約の無効を主張して不当利得の返還を請求しているのであって、意図的な無効主張等の懸念は全くないし、また、課徴金の納付命令を発する以前に国による無効主張の事実も明らかとなっているのであるから「売上額」はないものと解することに何の支障もない(しかも、本件においては、被上告人(被告)は施行令六条の「契約基準」により「売上額」を算定すべきものとしている)。

したがって、本件カルテルの実行期間中に、国の無効の主張に関連した本件シール納入契約により定められた対価の額の控除、返品がされていないことを理由として国の右無効主張が本件シールの「売上額」の算定に何らの影響を及ぼすものでないとした原判決には独占禁止法七条の二、施行令五条、六条の解釈・適用を誤った違法があるといわざるをえない。

また、右のことから明らかなとおり、国が、一方で本件カルテル行為を理由として本件シール納入契約の無効を主張し、他方では、同契約を有効として課徴金を賦課するというのは議論の余地なく自己矛盾であり、無効主張に係る取引を前提に「売上額」を算定し課徴金を課することは禁反言の法則にもとることになり、許されないというべきである。また、本件課徴金の額は、本件シール納入契約の有効、無効のいかんとは直接かかわりないとした原判決には何らの合理的根拠がなく、原判決には理由不備・理由齟齬の違法がある。

三 独占禁止法七条の二、施行令六条違反(課徴金の算出基礎たる「売上額」に消費税相当額を算入した違法)

原判決は、「前示の課徴金制度の趣旨・目的に照らせば、原告らが本件シール納入契約に基づいて国から支払いを受けた消費税相当額が、施行令六条の「契約により定められた対価の額」に含まれるものとして、課徴金の額を算出することの相当性については疑問が残るところである。」という。

そして、「しかしながら、本件における原告らに対する課徴金の額の算出の基礎は、本件シール納入契約により定められた対価の額の合計額であるが、被告が主張するように、」として、①「一般に、商品の販売の対価とは商品の販売価格を指すものということができるばかりでなく」、②「原告らが本件シール納入契約に基づいて国から支払いを受けた消費税相当額は、直ちに国に消費税として納付されるわけではなく、法定の納付期限が到来するまでは原告らの許に留保されている仕組みであること」、③「加えて、前示のように、そもそも、独占禁止法自体が、課徴金によって剥奪しようとする事業者の不当な経済的利得の把握の方法として、具体的なカルテル行為による現実の経済的利得そのものとは切り離し、一律かつ画一的に算定する売上額に一定の比率を乗じて算出された金額を、観念的に、剥奪すべき事業者の不当な経済的利得と擬制する立場を採っていること」等を考慮すると、「消費税相当額を「契約により定められた対価の額」(施行令六条)に算入したことの相当性については疑問を払拭し得ないとはいえ、右の取扱いが直ちに独占禁止法七条の二、施行令六条に違反するものとまでは未だ断定することができない」と結論づける。

しかし、原判決の判示する右①ないし③の理由は、原判決の右結論を導くための合理的根拠とはなりえない。

すなわち、

右①については、独占禁止法七条の二は「事業者が、不当な取引制限」により「商品若しくは役務の対価に係るもの又は実質的に商品若しくは役務の供給量を制限することによりその対価に影響があるものをしたときは」「当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した売上額に百分の六を乗じて得た額に相当する額の課徴金」の納付を命じなければならないとし、施行令六条は「売上額の算定方法は、実行期間において締結した商品の販売又は役務の提供に係る契約により定められた対価の額を合計する方法とする。」とする。

したがって、独占禁止法七条の二および施行令六条によれば、「不当な取引制限」によって対価に影響がある場合に、契約により定められたその対価の合計額(売上額)に一定の割合を乗じて算出された額を課徴金とすることが定められているのである。換言すれば、「対価」および対価の合計額としての「売上額」は、「不当な取引制限」により影響を受ける対象となるものでなければならないということになる。消費税相当額は、「不当な取引制限」による影響を受ける対象とはいえず、したがって、課徴金算定の基礎となる「売上額」を構成するものといえないことは極めて明らかである。

なお、原判決は、「一般に、商品の販売の対価とは商品の販売価格を指す」として、独占禁止法七条の二および施行令六条の規定する「売上額」とは全く異なる「販売価格」なる概念を持ち出し、これを課徴金算定の基礎とすべきであるかの如き判示をしているが原判決の右論理は合理的根拠を有さない違法なものというほかない。

右②については、原判決の挙示したところが独占禁止法七条の二および施行令六条にいう「対価」および「売上額」の概念規定とどのような関連を有するのか、その論理は全く不明である。

右③については、売上額に一定の比率を乗じて算出された金額を事業者の不当な経済的利得と擬制して課徴金の額を決定することと売上額を決定する際に消費税相当額を加えるか否かとは全く別の問題であり、原判決の論旨には合理的脈絡はない。

右に述べたところから明らかなとおり、原判決には、独占禁止法七条の二および施行令六条の解釈を誤った違法がある。

四 施行令六条違反(「著しい差異が生ずる事情」についての誤認)

原判決は、「「著しい差異が生ずる事情がある」かどうかの判断は、施行令五条の定める引渡基準によった場合の対価の合計額と契約により定められた対価の額の合計額との間に著しい差異が生ずる蓋然性が類型的ないし定性的に認められるかどうかを判断して決すれば足りるものと解するのが相当である。」とする。

そして、原判決は「査一号証によれば、本件においては、カルテル行為の実行期間における社会保険庁からの本件シールの発注額は時期ごとに均一ではなく、また、契約締結から本件シールの納入期限までの期間も、大部分は二か月半以上のものであり、九か月を超えるものも相当数にのぼることが認められる。」という事実を認定した上で、「実行期間中の本件カルテル行為に基づく事業活動を反映しない部分が大きくなる可能性が定性的外形的に認められる」という。

しかし、原判決の右判示する部分は以下に述べるところから明らかなとおり、間違っている。すなわち、原判決は、「社会保険庁からの本件シールの発注額は時期ごとに均一でな」いことをもって類型的・定性的判断基準の一つという。しかし、「時期ごと」の各発注は、それぞれ独立した契約であるから、仮に時期ごとの各発注高に相違があったとしても、引渡基準と契約基準の差の問題とは全く無関係である。

また、原判決は「契約締結から本件シールの納入期限までの期間も、大部分は二か月半以上のものであり、九か月を超えるものも相当数にのぼる」事実をもって類型的・定性的判断基準の一つという。しかし、右事実は、本件シール納入契約における個別・具体的な事実であって、果して原判決が「著しい差異が生ずる事情」の存否を判断すべき前提として述べた類型的・定性的判断基準といえるのかどうか疑わしいが、いずれにしても、契約締結から納入期限までの期間が長期間を要したとしても(本件にあっては、国(社会保険庁)の都合で納入期限が長期と定められたものであって、契約本来の性質にもとづくものではない。)、契約締結および納入期限のいずれもが実行期間内にあれば、「著しい差異を生じる事情」は存在しない。

また、本件において、カルテル実行期間に引き渡した商品の対価の合計額とカルテル実行期間中に締結した商品の販売の契約に定められた対価との差は、僅か五%にすぎないのであるから、このような状況を称して「著しい差異が生じる事情」があるといえるのかどうか極めて疑問である。

右に述べたとおり、原判決の判示したところは施行令六条を正しく解釈した結果に基づくものではない。

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